「桐島、部活辞めるってよ」を学生時代に見てよかった理由

今回紹介したい映画は朝井リョウ原作の「桐島部活辞めるってよ」という映画です。
何故これを紹介したいかというと、この映画のテーマの意味が分かってからずっと考えさせられているからです
(ファンの中ではこれを桐島病と呼ぶらしいです笑)

「桐島、部活辞めるってよ」予告編はこちら。

決して台詞にされることのない映画のテーマ

この映画のテーマは「自分の生き方」「同調圧力」です。

なのですが、Twitterで感想を見てみると「高校生のあるある映画」や「よく分からなかった」という意見が多数でした。
それもそのはずで、この映画はよくある日本映画と違って、核心にあるテーマがまったく台詞として口にされません。

例えば物語はクラスのホームルームで進路相談の用紙が配られるシーンから始まります。
イケメンで彼女もいて運動もできる帰宅部宏樹はこの紙に何を書けば良いかわからず悩みます。
彼が生き方を悩む所から映画が始まるんです。
でも彼は誰にもその事を相談できません。

学生時代そういう将来の話を堂々とするのって恥ずかしいじゃないですか。
というかダサいじゃないですか。
本当は皆、悩んでいるのだけれど、口に出して言うことができないのです。

確かに存在するヒエラルキー

僕の高校でもそうだったのですが、高校のクラスって確かにヒエラルキーが存在しますよね。
成績やカッコよさ、どの部活に所属しているかという要素で構成されていた気がします。

この作品内でもヒエラルキーが存在するのですが、その頂点に君臨するのが桐島です。
この桐島という人物はクラスで1番可愛い女の子と付き合っており、部活動のバレーボールも県選抜に選ばれるくらい上手いという高校生の理想として描かれます。
その彼が突然部活を辞めて、学校に来なくなってしまう。
つまりヒエラルキーから王者がいなくなってしまうのです。
王者が不在になってしまった為、今まで桐島=頂点だと思っていた人たちは右往左往し始めてます。

「イケてる」か「イケていない」か。

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この映画内の登場人物たちははっきりと上位層と下位層に分かれて描かれます。
帰宅部グループの男女と桐島は「イケてる」上位層、主人公たち映画部や吹奏楽部の沢島さん、野球部キャプテンは「イケてない」下位層として。

だけど、本当にそうか?と本作は問いかけてきます。

まずそもそも「イケてる」って本当にイケてるか?と。

見た後にまで尾を引く本作

最初に説明した通り、僕は未だにこの映画を引きずっています。
それは、この映画を普遍的な社会の縮図を表すお話としても見ることができるからです。

そして観客である僕たちはこの社会の縮図を俯瞰して見ることができるので、自分は一体この映画の中の社会と現実社会の中でどこにいるのだろう、と考えながら観ることができます。

この映画を学生時代に見れて良かった理由

僕たち大学生ってまさにこの映画のテーマである同調圧力と生き方に悩む時期ではないですか?

先ほど挙げた宏樹の悩みはまさに鑑賞時の僕も感じていたことだったんです。
大学一年生時は語学のクラス、サークル、学生団体など新たな出会いがたくさんあります。
春から夏にかけては自己紹介をすることがとても多くなるのですが、この自己紹介に本当に悩みました。
それは自分の自己紹介が他の人と殆ど同じ内容になってしまい、オリジナリティが全くない人間であると毎度感じていたからです。

(色々と悩んでいる途中で僕は「広告」というものに偶然出会うことができました)

この社会の縮図の中で主人公たちは何を見出すのか?
2012年日本アカデミー賞を席巻した本作品、オススメです。