訪れる者に平和の危うさを語りかける国。レバノン行ってみたらこんな国だった。


(ベイルートにある観光地・ピジョンロック 2015年9月上旬 筆者撮影)

ライターの柳田です。
記事を書くようになってからだいぶ時間が経ちますが、個性を出すって本当に難しいことだなと日々試行錯誤しています。
ということはさておき、夏休みという長期休暇を利用してレバノンにしばらく滞在してきました!
(こういうのだと少しは個性出せますかね…!)

レバノンというと、学生のみなさんはどのようなイメージを思い浮かべますか?
大学生のみなさんのご両親くらいの世代だと「レバノン=内戦」というイメージが色濃く残っているようですね。
特にテレビなどで特集されないレバノンは、ほとんどの人にとっては「だいたいの場所は分かるけど、どんな国か知らないし何があるのか分からない」という感じではないでしょうか?

いつものごとく親に保険金をかけられて準備万端に出発したレバノン旅!
日本ではあまり触れられることのない国の様子や情報をお届けれできればと思います。

レバノンってどんな国?〜基本情報〜

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国名:レバノン共和国
公用語:アラビア語(フランス語もよく通じる)
首都:ベイルート
面積:10,400㎢(岐阜県とほぼ同じ)
人口:426万人
独立年:1943年 fromフランス
(出典:wikipedia『レバノン』)

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場所はというとここ!
北と東をシリアに囲まれ、西には地中海、南にはイスラエルがあります。
2015年9月現在、シリアに入国することはできず、南のイスラエルは国交を断絶している敵対国であるため移動することはできません。
西には地中海があるため、文字通り「陸の孤島」ですね…。

実は最近ホットな国!気になる国内の情勢は?

通信社や新聞社によっては時々報道するのを見かけますが、ほとんどの学生は「レバノンのニュースなんて知らないなー」というのがほとんどではないでしょうか。

それもそのはず、周りの国と比べてあまり特集されることがないため情報が届きにくいのです。
しかし最近は元々不安定だった国内の情勢がより悪化しつつあるなど、動きのある国になっています。

40年ほど前まで内戦で国内はほぼ壊滅状態で、近年もイスラエルによって市街地が空爆によって荒廃するなど安定した時期が少ない国でした。
そんなレバノン。
なんと大統領がしばらく不在の状況が続いているのです。

最近、テレビ番組「未来世紀ジパング」で「謎のモザイク国家レバノン」というタイトルで特集が組まれていました。
モザイク国家とは、人種、宗教、宗派などが多様で、異なる集団が入り混じっているものの溶け合わない状態の国家のことをさします。
一言で言い表すと、「ばらばら」です。

レバノンは宗教・宗派がとても多様で、30弱の宗派が入り混じっています。
そのため議会など意思決定の場での合意形成が困難であり、その結果大統領の選出すらままならない状態になっています。

大統領が不在のため行政機能はほぼ麻痺状態に陥っています。
特に深刻なのがゴミ問題。
国土の小さいレバノンでは収集したゴミの廃棄場所がなくなりつつあるというのが現状です。

実際街中を歩いていたり、車で移動しているとゴミの山がそこら中にうじゃうじゃと…
臭いが本当に強烈でしたね。

このような状況下のため国民の不満が爆発し、最近ではデモが頻繁に行われるようになりました。
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11181730_825940440855944_6244585468396762995_n(首都ベイルートにて筆者撮影 2015年9月上旬)

街によっても様子は様々。地方によって異なる「レバノン」

冒頭に記載したように、国土は岐阜県と同じくらいのため狭いです。
そのため移動も車で2時間弱走れば首都から北部の街まで行くことが可能です。

首都ベイルートは中東にしては珍しく、宗教色が全く濃くありません。
イスラム教徒でも露出の多い服を来ていることも日常茶飯事です。

しかし北部の街トリポリでは他のアラブ諸国と間違えるほど宗教に厳格な地域もあります。
シリアに近いこの地域ではシリアのアサド政権を支持するグループと反対派のグループが銃撃戦を交わしている地区もあるので情勢はとても不安定です。
しばらくすると慣れましたが離れてはいるものの銃声を聞きながら寝るのはなかなか日本人にとっては堪えますね…。
12003187_828967877219867_3620415338485873003_n(トリポリにて筆者撮影 2015年9月上旬 *画面が茶色いのは加工ではなく、砂嵐のせい)

と思いきやこの街から車で1時間ちょっと山道を登っていくと、レバノンが中東のスイスと呼ばれる所以である美しい渓谷が現れます。
雪の時期にはこの渓谷が雪化粧によって一層美しくなり、スキーをしにくる観光客で賑わいます。
夏に行っても標高のため暑くはありませんでした。
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11954626_826300557486599_4434808796815893502_n(ブシャーレにて筆者撮影 2015年9月上旬)

平和の尊さを学ばされる国レバノン

情報はあまり入ってこない国ではあるものの、学ぶことは多くあります。
第二次世界大戦後、独立直後のレバノンは中東のスイスと呼ばれる美しい大自然や、中東のパリと称されるベイルートの街の景観でリゾート地として大いに発展しました。
11951773_826115667505088_5386579869660023390_n(首都ベイルートの旧市街にて筆者撮影 2015年9月中旬)

その繁栄もつかの間、宗教・宗派対立を原因とした、市民による内戦でリゾート地としての面影はなくなりました。
長期間続いた内戦が集結し、行政は十分に昨日はしていないものの復興への兆しが見えたかと思えばイスラエルの空爆によって市街は再び荒廃。
それがたった10年前のことです。

しかしそれらの苦難を乗り越え、首都ベイルートではかつての中東のパリとしての美しい街づくりが進められています。
現在の市街地の一部は一見すると綺麗な街並みですが、昔からある建物には今も銃弾の跡が残るなど戦争の面影を残しています。
レバノンは平和の危うさを訪れる人に語りかける、そんな国のような気がします。

ABOUTこの記事をかいた人

柳田哲

やなごん。 将来の夢は日本と中東の架け橋になること。 アラビア語・イスラームについて勉強していて中東をおもに放浪してます。 家系図作成もしていて、先祖を400年辿ることに成功しました。