インドは本当に人生を変えるのか。成長の限界を超えるために飛び込んだインド留学

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本記事から4話にわたって、日本での仕事漬けの日々から抜け出し、英語力とプログラミングを身につけるべくインド留学を選んだ早稲田大学新4年生の外山雅大さんに「インド留学」という馴染みのない道を選んだ経緯、インド留学を通じて得られたノウハウについて語ってもらいます。

スキルしか成長しない毎日に限界を感じた

インド留学前の自分は、大学生活のほぼ大半をインターンに注ぎ込んでいました。
特に大学3年生の春からはフリーランスに近い形で、複数のインターンを掛け持ちして、月の稼ぎだけを唯一の目標にして毎日を過ごしていました。

実際その生活はライティングやwebメディアの運用といったスキルを向上させてくれて、記事作成や学生集客等の案件を中心に、月20万円ぐらいまで自分の力で稼げるようにはなりました。
しかし、そのぐらい稼げるようになった頃から、次に自分が何をしたら成長するのか、どうすればもっと稼げるのかがまるでわからなくなってきました。

そんな状態が2、3ヶ月続いた後、自分は毎日の仕事を何も考えずにこなすだけの「下請けマシーン」となっていました。
大学の授業もろくに出れず、成績も微妙、目の前の仕事に追われ、自分を振り返る時間もない。
何もかもが中途半端な自分自身に、いつしかモチベーションもどんどん下がっていきました。

英語とプログラミングの勉強を理由にインドへ

そんなときに当時一緒にインターンをしていた友人から、「インドへ行こう」と、特に大きな理由もなく誘われました。
なんでもいいから目の前の状態から逃げ出したかった自分にとって、この誘いは異常なほど魅力に感じました。

インドに行けば何か自分の人生が変わるかもしれない。
インドなら何か日本ではできない経験をして、スキルとは異なる”人間的な幅や面白さ”を伸ばしてくれるかもしれない。
そんな漠然とした期待感を抱いて、自分はインドに行くことを決めました。

ただインドに行くのはいいけど、行ってから何をするかが決まっていない。
でもインドには行きたかったので、一番自分の将来に役立ちそうな英語とプログラミングを学びに行くことを建前にして、最終的にインドに飛び立つことを決めました。

インドはそんなに優しくなかった

日本でのインターン生活を半ば逃げる形で終わらせて、自分は2014年の9月末からインド・バンガロールでの生活を開始しました。
しかしそこで待っていたのは予想をはるかに越える、過酷な環境でした。

整備されていないWiFi環境、幅1メートルも無いベッド、インド人とのシェアルーム生活、日本とは大きく異なる食文化、目に見えないところで残るカーストの文化、それら全てが自分の生活基盤を脅かし、同時に刺激的な毎日を提供してくれました。
期待していたプログラミングの勉強も、講義で内容は理解できても、自分で勉強しなければスキルとして身につけることはできませんでした。

それでも、バンガロールで生活している日本人や、現地の優秀なインド人との関わりは少しずつそれまでの自分の価値観を変化させてくれました。

「生きてるだけで成長を実感できる」

生活が安定しない毎日は、常に心に緊張感をもたらし、日本では絶対に味わえない充実感を作り出してくれていました。

そんなインドの魅力をより多くの人に伝えたい。
その思いから友人とシェアハウスで暮らし始めウェブメディアを立ち上げることを決心しました。

次号『インドの魅力を拡げるために立ち上げたウェブメディアとシェアハウス』へと続く。