日本では把握しにくい。イスラーム国についてどのくらい知ってる?


学生団体へのススメライターの柳田です。
以前と比べるとニュースに取り上げられる頻度は減ったものの、依然として中東における脅威であるイスラーム国。
先月、「国家樹立」1周年の声明を出したようにこれまでの過激派組織とは異なり長期に渡って大きな影響録を及ぼしています。

しかしイスラーム国がいつからあるのか、そして現在どのような状況かという実態を把握しているという学生は少ないのではないでしょうか。
そこで今回は中東における脅威、イスラーム国に関する情報を学生に対して専門用語をなるべく使わずに簡単にご説明したいと思います!

そもそもイスラーム国って?

イスラーム国は呼び名が様々です。
日本名ではイスラーム国ですが英語ではIS(Islamic State)、ISIS(Islamic State in Iraq and Shaam)、ISIL(Islamic State in Iraq and Lebant)と呼ばれます。

数ヶ月前に「イスラーム国と呼ぶとあたかもこの組織が宗教を代表しているようだ」との理由でイスラーム国という名称を使わずにISなど英語名に変更するという話が盛り上がりました。

しかし上記に列挙したように結局は全ての名前に「Islamic State」すなわちイスラーム国という名称が含まれており、根本的なところは変わっていないことから自分自身では特に変えずにイスラーム国の名称もしくはアラビア語での「ISIL」の正式名称で各単語のイニシャルをつなぎ合わせた「ダーイシュ」という名称を用いています。

ちなみにアラビア語での正式名称は「アルダウラ・アルイスラーミーヤ」というなんとも長い名前ですが、日本語に直すとこちらも「イスラーム国」です。

カリフは預言者ムハンマドの後継者

では次にイスラーム国が目的として掲げている「カリフ制国家樹立」にも書かれている「カリフ」についてご説明します。

ざっくり言ってしまうと、イスラームの創始者である預言者ムハンマドの後継者を意味します。
この人物の名前は誰でも中学校以降で習ったことがあるはずです。
当然ムハンマドは人なので死にます。
彼の死後、イスラーム教徒をまとめるリーダー的存在が必要になり、そこで選ばれた彼の後継者のことをカリフと呼びました。

カリフという称号はたびたび自らの正統性を主張するために政治的な理由で使われることが多く、いつの時代も一人だったけではなく、何人もの「自称カリフ」が乱立した時代もありました。
公の存在として認められているカリフの地位は現在のトルコにあったオスマン帝国最後の皇帝(スルタンと呼ばれます)が退位後、短期間ですが譲られ1924年まで存続していました。

つまり1924年以後現在に至るまでイスラーム教徒のリーダー的存在であるカリフが存在していない状態です。

イスラーム国の始まりはいつ?

イスラーム国という名称の組織自体は去年の6月末に始まったものの、前身となる組織はもっと前から存在していました。
始まりは2003年に遡ります。
なんと10年以上から組織自体はあったんですね。

ヨルダン人で、イラクにおいてテロ活動を行っていたザルカウィという人物がいます。
この人物がイスラーム国の前身となる組織を作りました。

当初の名前は「タウヒードとジハード団」でした。
タウヒードは「イスラームにおける一神教という概念そのもの」を意味します。
またジハードは日本語では「聖戦」と通常呼ばれますが、本来は「努力」を意味します。
過激派組織が用いる場合は、自分たちの理念を達成するために敵対している勢力を攻撃することを意味する場合が多いです。

その後2004年に名称を変更し、「イラクの聖戦アルカーイダ組織」となりました。
アルカーイダという組織は耳にした人が多いかと思います。
そのイラク支部というようなニュアンスで考えてもらえばいいと思います。

2004年に日本人の青年がイラクで殺害された事件を覚えているでしょうか?
バックパッカーである香田証生さんがイラクを旅行中に過激派組織に捕らわれたのち斬首されるという動画が流れたいたましい出来事でしたが、これを実行したグループこそがこのイラクの聖戦アルカーイダ組織です。

日本人とイスラーム国の関わりはこの時から始まっていたのですね。

その後2006年にザルカウィはアメリカ軍の攻撃で死亡し、組織は後継者に受け継がれました。
組織は彼の死亡後、2006年にムジャーヒディーン諮問評議会と名前が代わり、その後様々な勢力との統合・解散が続いたのち同年末に「イラクのイスラーム国」と名称を変更しました。

この組織はイラク国内で様々なテロ活動を行い続けました。
そして勢力を次々に拡大し、2013年にはシリアで反政府組織として活動していたグループ(ヌスラ戦線)に対して一方的な合併宣言を行い、勢力はイラクだけでなくシリアにも拡大しました。

これによって名前を従来の「イラクの」から「イラクとシャーム」に変更しました。
ちなみにシャームとはシリアやレバノンなどの地域を包括した名称です。

そして2014年6月29日、イラク第二の都市であるモスルを陥落させるにあたって「国家樹立宣言」を行い、名称をイスラーム国と変更しました。

各国のイスラーム国は互いにほぼ関わりがない

イスラーム国はイラクとシリアだけでなく、イエメン・パキスタン・エジプト・リビアなど各地で犯行声明を出していることが日本のニュースでもニュースで取り上げられています。

結論から言ってしまうと、これらの国々内の過激派組織に関わり合いはほとんどありません。
イメージで言うとフランチャイズでしょうか。

イスラーム国の影響力が拡大することで、様々な国や地域にいる過激派組織は「自分たちをイスラーム国の支部と発表をすることで正統性や影響力を大きくしている」ことがほとんどです。

したがって、この国でもイスラーム国が進出しているなどと怖がる心配は不要です。
これまでずっと活動していた組織が「勝手に」イスラーム国の支部を名乗り、本来のイスラーム国がそれに便乗して犯行声明を出しているだけです。

少しでもイスラーム国のことをお分かりいただけたでしょうか?
これまでのことが報道されることは少なく、そもそも日本では中東の情報があまり入ってこないのでイスラーム国に関して分かりにくいことがあることは事実です。

この記事を通して少しでもイスラーム国について知る手助けができれば幸いです。
最後までお読みいただきありがとうございました。

ABOUTこの記事をかいた人

柳田哲

やなごん。 将来の夢は日本と中東の架け橋になること。 アラビア語・イスラームについて勉強していて中東をおもに放浪してます。 家系図作成もしていて、先祖を400年辿ることに成功しました。