現在の日本で在り方が問われている報道の自由とは


国民にとっても密接な関わり合いがある「報道の自由」。
突然ですが、世界の報道の自由度ランキングで日本は何位かご存じでしょうか?
報道の自由度とは各国のメディアに与えられた報道の自由度のことで、ジャーナリストに対する侵害などが強いほど順位は下がっていきます。
最新版の、2015年度報道の自由度ランキングによれば、日本はなんと180位中61位。
(*出典:『報道の自由度ランキング』

先進諸国の中では決して高いとは言えない順位となっています。
もちろん何でもかんでも自由に報道していいかというと、そういう訳ではありませんが61位というのは決して良い状態とは言えないでしょう。
ここ最近も政府や一部の著名人の間でこの報道の自由が妨げられていようとしているのをご存じでしょうか?

報道の自由と国民の知る権利

報道の自由は、国民の知る権利とも密接な関わり合いがあります。
第二次世界大戦中の日本のメディアの報道姿勢を振り返ってみましょう。

戦時中ということもあり、多くのメディアは政府の統制下にありました。
その結果、事実とは異なる「大本営発表」が国民に届けられました。
具体的には敗北した戦いにおいてすらも、あたかも勝利したような情報を届けるなどがありました。

そのため、戦況の悪化という実情を国民が知る機会はほぼありませんでした。
基本的人権である「知る権利」が侵害されていたのです。
戦後はマスコミに報道の自由が広く認められ、国民は様々な情報を得ることができるようになりました。

沖縄の新聞二社が問題とされているのは報道姿勢

最近、沖縄の新聞二社(沖縄タイムス・琉球新報)が問題とされているニュースをご存知でしょうか?
しかしそもそも何が問題とされているのかよくわからないという人が多いと思います。
それは「政府と異なった意見を発信している」という報道姿勢です。

普天間基地問題で長年揺れ動く沖縄。
沖縄県知事が直々に東京まで赴いても、首相を始め閣僚が会ってくれることはほぼなく、追い返されるという出来事がつづきました。
現在の沖縄と政府の関係は悪化していると捉えて問題ないでしょう。
そんな中、沖縄の新聞二社が「首相は(沖縄に)謝罪しなければならない」と強調しました。
それが一部政府寄りの人々にとっては許せないそうです。

昨今のマスコミと政府の関係

近年政府と一部マスコミの関係は非常に悪化しています。
先日、永遠のゼロで一躍著名人となった作家の百田直樹は、上記でご説明した沖縄での問題に対して次のような発言をしました。

百田氏「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない。」

もちろん個人に対しては言論の自由があるため、この発言がまずいものだとは一概には言えません。
より深刻なのは衆議院議員による次の発言です。

大西英男・井上貴博衆議院議員は、議員らによる会合中に以下の発言を残しました。

大西議員:「マスコミを懲らしめるには、広告料収入がなくなるのが一番。」
井上議員:「広告の提供(スポンサー)にならないということが一番(マスコミは)こたえる。」

これらは言論の自由に当てはまるのかというと、答えは否です。
国会議員は、憲法99条で「憲法尊重擁護義務」を負っています。
権力を持つ国会議員は、報道機関の報道の自由を侵害するような発言をしてはいけないことが憲法で定められているのです。

先ほど述べた通り、報道の自由と国民の知る権利は密接な関わり合いがあります。
政府や一部の人々にとって不都合な情報を発信しているメディアをひたすら潰せばいいという考え方は極端に行ってしまうと、戦時中の情報統制にもなりかねません。

国民にとって、言論の自由を行使するためにはそもそも情報をまずは手に入れなければなりません。
その情報の中で、政府にとって都合の悪いものが今圧迫されていようとしています。
紀元前に生きた古代ギリシアの哲学者ディオゲネスは次の言葉を残しています。
「世に最も美しいものは、言論の自由である。」

自分たちが得ている情報はどのようなものなのか、そして情報を発信しているメディアが今どのような在り方をしているのかということを私たち国民は知る必要があるのではないでしょうか。

ABOUTこの記事をかいた人

柳田哲

やなごん。 将来の夢は日本と中東の架け橋になること。 アラビア語・イスラームについて勉強していて中東をおもに放浪してます。 家系図作成もしていて、先祖を400年辿ることに成功しました。