こんにちは!ススメライターの依田です。
さて、「未来のグローバル人材必見!世界の宗教丸わかりシリーズ」の第1、2弾であるキリスト教編と仏教編はすでにご覧いただけたでしょうか?
まだ見ていない!そんな方は下記リンクからどうぞ!
この2回でも述べていますが、日本人は宗教に疎いという事実があります。
海外生活で体験すること、今起こっている事件、それが宗教がらみであることも多々あります。
未来のグローバル人材たるもの、宗教に関する知識は教養として知っておくべきものです。
未来のグローバル人材必見!世界の宗教丸わかりシリーズ、最終回はイスラム教です。
Contents
イスラム教の概要
創始者はムハンマド・イブン=アブドゥッラーフです。
信仰人数は世界人口の23.2%を占め、1位はインドネシアの24,916.7万人で、人口比の87.2%に当たります。
しかし、人口比だけを見るとモロッコが99.9%で1位、続いてアフガニスタンの99.7%、イランの99.5%となります。
(2010年:出所 Pew Research Center)
残りの0.数パーセントは何教なのか逆に気になりますね。
イスラム教にとっての聖書はコーラン(クルアーン)で、ムハンマドが受けた神の啓示をまとめたものです。
この啓示はアラビア語で受けたものなので、他の言語に翻訳してしまうと神の言葉ではなくなると言われています。
イスラム教の聖地はメッカ、メディナ、エルサレムです。
なぜメッカ、メディナなのかは以下で解説しています。
エルサレムが聖地である理由はイスラム教の源流であるユダヤ教、キリスト教の聖地であるからです。
ムハンマドの生涯、そしてイスラム教が始まるまで
イスラム教の創始者であるムハンマドは570年にアラビア半島のメッカで生まれました。
ムハンマドは非常に聡明な人であり、25歳の若さで商人として大きな成功を収め結婚しました。
ムハンマドはあまりにも聡明でみんなから信頼されていたたため、「アル・アミン(信頼できる男)」と呼ばれるようにもなりました。
その後3男4女の父となりますが、男の子はみな幼いうちに亡くなってしまいます。
ムハンマドは人生に思い悩むようになり、砂漠で瞑想にふけるようになりました。
その際に触れたのがユダヤ教やキリスト教であると言われています。
610年、ムハンマドが40歳の時、メッカの近郊の洞窟で寝ていたら天使が降りて来て「メッセージを繰り返せ」と告げました。
そのメッセージは詩のような形態を取っていて、内容的には「ひとつの神しか居ない」という意味でした。
これを機に神(アッラー)の教えを伝道する生活に入りました。
ムハンマドは貧しい人々の権利を主張してきましたがそれがメッカの人々の反感を買い、迫害から逃れるために信者とともにメディナに移住しました。
メディナの地で新たに布教活動を行い、イスラム共同体を形成しました。
630年にはメディナの信者とともにメッカ奪還のために戦い、無血制圧に成功。
メッカを聖都と定めることができました。
イスラム教の信条
イスラム教の信条は六信五行と言われます。
六信とはアッラー、天使、啓典、預言者、来世、天命を信じること。
その心情を信仰告白、礼拝、断食、喜捨、巡礼の5つの具体的な行動、つまり五行で表します。
五行について具体的に解説します。
信仰告白
これは神との融和による信心の宣言とムハンマドを神の使徒であることを受け入れることです。
現実の宣言の意義は、「アッラーのほかに神はなく、ムハンマドは神の使徒である」ことを認めることです。
礼拝
イスラム教徒は神との個人的つながりを展開し、そこからベネフィットを得るために毎日5回のお祈りをしなければなりません。
断食
ムスリム(イスラム教徒)はラマダンの聖なる1月間断食しなければなりません。
断食中は、夜明けから日没までの間、イスラム教徒は食べられないし水分もとれません。
病人、妊娠中や育児中の母親、子供そして旅行者は、断食をしなくても許されます。
ラマダン中イスラム教徒は、神を忘れないように特に努力を払い、そして許しをこいます。
喜捨
イスラム教徒は貧しい人や困っている人々に供するため一定の割合の富の分配をしなければなりません。
基本的割合は通常は、年俸の2.5パーセントとなります。
巡礼
イスラム教徒は可能であれば、存命中に少なくとも一回はメッカへの巡礼を義務つけています。
イスラム暦の12番目の月齢月の期間中の巡礼月の間に巡礼は実行されます。
以上、イスラム教特集でした。
イスラム教への理解は深まったでしょうか?
キリスト教、仏教特集も合わせて一読お願いします!